私の世代は戦争の実体験まったくありませんが、実体験のある方の話を伺う機会はありました。
その話の中で、戦闘機に追っかけられて慌てて川に飛び込んだことと、川崎の工場では戦時中は、屋上に機関銃があった話については、私のイメージにある本土に対する空襲は数十キロ上空からの人と認識しないことが前提の無差別空襲であったので強く心に残っていませんでした。
しかし、実際の空襲は戦闘機による有視界での攻撃も行われており、戦闘機が有視界で人や学校や鉄道を攻撃しており、その画像は今も保管しており事実として報道されていました。
戦争だから当然なのかもしれませんが、極限状態での人間がとる行為は人間らしさとは何かを突き付けられている感じがしました。
ミサイル等の誘導兵器や無人の攻撃機は、人を殺している実感がないのでより危険との主張がありますが、昨日の報道の戦闘機が有視界で攻撃する事実は、戦争に勝つためには人は何でもすることを教えてくれている気がしました。
戦争は人が起こすものですが、その戦争で人は戦争を起こす前とは全く別の人に変わってしまい、自分自身さえもコントロールできなくなってしまうようです。
人が人としてできることは、戦争をしないことであり、戦争下では人でなくなってしまいます。
戦争の被害者のご冥福をお祈りします。
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